高知城訪問記ー旧国宝の名残とひろめ市場ー

現存天守12城シリーズ2回目は高知城

こんにちは。管理人のエスポワールです。現存天守12城シリーズの2回目は高知県高知城です。

高知県高知市にある高知城は1601年に土佐藩初代藩主の山内一豊により築城され、明治維新まで山内氏の統治が続きました。

また、歴代藩主では坂本龍馬らが上申してきた「大政奉還」の建白書を徳川慶喜に提出し、討幕運動を推進した15代藩主の山内容堂が有名です。

そんな山内容堂が提出した大政奉還の建白書の写しが高知城に隣接する高知城歴史博物館に展示されています。

高知城は本丸の建造物が完全に残る唯一の城

現存天守12城における高知城の特徴は、1727年の火災により建造時の天守が損失したものの、1749年に再建されて以降は天守をはじめとする本丸の構成物が当時の姿を残していることが特徴です。

ですから、高知城に関しては現存天守だけでなく、「唯一の完存天守」と称されることもあります。また、城の正門でもある追手門に関しては火災以前の姿を残しております。 そして、天守と追手門が現存しているのは弘前城と丸亀城と高知城です。

尚、写真のように追手門と天守がフレームインする構図の写真が撮れるのは高知城と丸亀城です。 丸亀城の天守と追手門の写真は丸亀城の記事をまとめる際に紹介します。

高知城で学ぶ旧国宝と新国宝と重要文化財の違い

ところで、上の写真では「国宝高知城」と石碑に刻まれています。しかし、高知城は国宝ではなく重要文化財なのです。石碑に刻まれた「国宝」の文字は「旧国宝」時代の名残なのです。

旧国宝とは、1897年の古社寺保存法により初の国宝指定が行われた文化財です。そして、時は流れて1950年の文化財保護法が制定されたことにより、当時の国宝がすべて「重要文化財」に移行します。

さらに、この重要文化財の中から「世界文化の見地から価値の高いもの」で「たぐいない国民の宝」と評価されるものが「新国宝」に選出されるという流れなのです。

ですから、高知城の場合は以前は国宝でも、決して「国宝から重要文化財に格下げされた」訳ではないのです。尚、日本の城で国宝に指定されているのは松本城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城の5つだけです。

高知城訪問の後はひろめ市場へ

高知城訪問に続いて中心部のアーケード街にあるひろめ市場を訪問します。ひろめ市場は昼間からお酒が飲める飲酒特化型フードコートのような施設です。

しかし、普通の観光客ならば昼間から豪快にお酒を飲むことなどなく、盛り上がっているのはおそらく地元の方ではないかと思われます。

冒頭に紹介した山内容堂も非常にお酒が好きであったことで有名ですが、ひろめ市場で酔っ払っている人々を見ると高知県のお酒が好きな県民性を垣間見えることができます。

こちらが高知県名物のカツオのたたきです。醤油やポン酢ではなく塩で食べる点と生にんにくのスライスが添えられているのが特徴です。

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