社会派推理小説は面白くても気分が重たくなる
こんにちは。管理人のエスポワールです。今回は最近映画化された「護れなかった者たちへ:中山七里」を紹介します。
まず、本作品はいわゆる「社会派推理小説」というジャンルの作品です。社会派推理小説とは、事件の背景に社会問題があるような推理小説です。そして、扱われる社会問題で圧倒的に多いテーマが「貧困」です。具体的には「戦後の混乱・ホームレス・売春・不景気によるリストラや就職難・下流老人」のようなもので、本作品も社会保障や生活保護をテーマにした貧困カテゴリの社会派推理小説です。
社会派推理小説の歴史を振り返ると、社会問題をテーマとして扱われた作品自体は以前からあったものの、売れる小説のジャンルとして確立させたのは松本清張の登場からです。
そして、松本清張の社会派推理小説の特徴は「作品として面白くても、テーマが重たくて気分が暗くなる」という点です。そして、本作品もこのようなベストセラー社会派推理小説の系譜を継承しています。
松本清張の作品は以前紹介しています。
生活保護受給申請を巡るトラブルの果て
それでは作品のあらすじを紹介します。
東日本大震災から4年後、仙台市の社会保険事務所に勤める三雲忠勝は両手両足を拘束され、ガムテープで口をふさがれた状態で遺体が発見された。直接的な死因は脱水症状による餓死であった。その4日後、県議会議員の城之内猛瑠も同じ状態で遺体として発見された。三雲と城之内は公私共に人格者との評判で、他人から恨まれるような人物ではないという。
事件を担当した宮城県警の笘篠誠一郎は三雲と城之内が以前同じ社会保険事務所で働いていたという共通点を見つける。そして、三雲の部下、円山菅夫と業務に同行していくなかで、生活保護の受給申請を巡って社会保険事務所での窓口業務が市民との間でトラブルを招きやすい仕事であることを知る。
笘篠は三雲と城之内が同じ時期に働いていた頃に窓口でトラブルを起こした後、事務所に放火して刑務所に入った人物、そして、三雲が殺害される1週間前に出所した利根勝久が犯人ではないかと推測する。
笘篠は利根の行方を追っていく中で、利根が三雲と城之内のかつての上司であった上崎岳大の行方を追っていたこと、そして、上崎が旅行先のフィリピンから帰国する日程まで把握していたことから、利根が3人目の殺害を計画していると確信した。
上崎の帰国日当日、宮城県警は仙台空港に200名の捜査員を動員し、笘篠はそこで利根の姿を発見する。
空港の張り込みは難しい
それでは以下に作品中から印象に残った箇所を引用します。
利根が仙台空港に到着した際、捜査員と思われる私服警官の数に驚いた時の思考です。
応援態勢で急遽編成された増員部隊は所詮寄せ集めに過ぎない。捜査一課や強行犯係のように専門的な技術を習得させる間もなく捜査に投入するから、頭数だけは揃うものの咄嗟の判断と俊敏な行動のできるものが多くない。結果的には人数頼みになり、各々が十全の能力を発揮できないまま終わってしまう。現にフロアには自分が来ているというのに、気づいた捜査員は皆無ではないか
このように、利根は専門的な技術を習得していない捜査員が多数いても逆効果になる場合があると判断しています。
浮気調査においても空港での張り込み、待ち構えは多くの人員が必要な調査現場になります。理由は単純に人が多くてゲートから出てくる調査対象者の補足が難しいという点。ただ、それ以上に空港を出てからの交通手段が多岐にわたるためです。
例えば、調査対象者が空港から出た後、「電車・バス・タクシー・敷地内駐車場に駐車した自家用車・敷地外駐車場に駐車した自家用車」などの全ての状況に対応しなければならない為、最低でも5.6人の調査員が必要なのです。
また、多すぎても逆効果になる場合があるというのもその通りです。
以前、成田空港で調査対象者の待ち構えをした際、自社の調査員が足りなくて下請け業者と一緒に現場に入ったことがあります。しかし、普段から連携をとっていない調査員と一緒に調査をしてもダメなのです。
具体的には、お互いを知らない為に譲り合いや遠慮をしてしまう。会社間の上下関係を気にしすぎてしまい、現場の役割分担などのコミュニケーションが上手くいかないといった具合です
作品中でも最大200名の人員を仙台空港に配備しています。ただ、私も仙台空港は比較的よく知っている空港ですが、さすがに200名は多すぎではないかと思います。到着ゲートのみのケアという状況と犯人サイドの警戒を考慮すると、県警のような大きな予算と人員を投入できる組織でもその半分以下の人員でも十分ではないかと思います。