ヴァン・ダインの二十則とは何か
こんにちは。管理人のエスポワールです。今回は「ヴァン・ダインの二十則」を紹介します。ヴァン・ダインの二十則とは推理小説作家のヴァン・ダインが推理小説として守るべきではないかと提唱したルールです。
ヴァン・ダインの二十則はこのようなものです。
- 事件の謎を解く手がかりは、全て作中にはっきりと記述されていなくてはならない。
- 作中の人物が仕掛けるトリック以外に、作者自身が読者を騙すようなトリックを仕掛けてはならない。
- ストーリーを読み解く上で意味のないラブストーリー的要素を登場させてはならない。
- 探偵自身、または探偵役に該当する人物が犯人に急変してはならない。これは読者を騙すアンフェアな手である。
- 作中で起きる事件は論理的な推理・考察によって解決されなければならなず、偶然・暗号・または唐突なる犯人の自供によって真相が暴かれることがあってはならない。
- 探偵小説には必ず探偵役が登場しなければならず、その探偵役または関連する人物によって謎解きが成されなければならない。
- 死体を登場させなければならない。殺人無き長編小説では読者は興味を示さないだろう。
- 占いや心霊術、読心術などで事件の真相が暴かれてはならない。
- 探偵役は一人が望ましい。複数居ては事件の考察が分散しやすくなり、読者の混乱を招くことになる。
- 犯人は物語の中で重要な立ち位置にある人物でなければならない。物語の終盤で初登場した人物が犯人となるのはアンフェアである。
- 端役の使用人が犯人であってはならない。そのような立ち位置の人物が犯人ならば小説にするほどの価値は生まれない。
- いくつ殺人事件があっても、真犯人は一人でなければならない。但し端役の共犯者がいてもよい。
- 探偵が登場する作品においては、秘密結社など非合法の組織が犯人役であってはならない。組織が犯人では金銭などの援助を受けられる為アンフェアである。
- 殺人の方法及び、それを暴く探偵の捜査方法は合理的かつ科学的でなけばならない。例えば殺人の方法が毒殺の場合、未知の毒薬を使ってはならない。
- 事件の真相を暴く為の手がかりは、作中の探偵が明らかにする前に全て読者に提示されなくてはならない。
- ストーリー展開に影響を及ぼさない描写や文学的表現は省略すべきである。
- プロの犯罪者を犯人にしてはならない。一般人に収まらない犯罪者なら警察が片づけるべきであり、読み物なら一般人に推理できる犯罪者が望ましい。
- 事件を犯人の事故死や自殺で終わらせてはならない。このような終わらせ方は読者にとっては詐欺である。
- 犯罪の動機は個人的なものでなければならない。組織的な動機や陰謀の類ならばスパイ小説で書くべきである。
- 既存の推理小説で使い古された手法は使うべきではない。以下に一例を記述する。
- 犯行現場に残されたタバコの吸殻と、容疑者が吸っているタバコを比べて犯人を決める方法。
- インチキな降霊術で犯人を脅して自供させる。
- 指紋の偽造。
- 替え玉によるアリバイ工作。
- 番犬が吠えなかったので犯人はその犬に馴染みのあるものだったとわかる。
- 双子の替え玉トリック。
- 皮下注射や即死する毒薬の使用。
- 警官が踏み込んだ後での密室殺人。
- 言葉の連想テストで犯人を指摘すること。
- 土壇場で探偵があっさり暗号を解読して、事件の謎を解く方法。
以下に各論に関して解説します。
現代的な感覚に基づく重要度と各論解説
事件の謎を解く手がかりは、全て作中にはっきりと記述されていなくてはならない。
重要度S
事件の謎を解く、犯人を推測することが推理小説の面白さなので、謎を解く手がかりが「はっきりと」記述されていなければならないのは当然です。「はっきりと」というが重要で、それが満たされていない作品も古典作品には多いです。作品を読んでいくと「よほど大事な手掛かりやヒントでない限り、この描写は不要ではないか」と感じるポイントがあります。このような「ノイズ」は少ないほうが良いですが、犯人探しを楽しむならば「ノイズの受け入れ」は読者にも必要です。二十則の中で2番目に重要なルールだと思います。
作中の人物が仕掛けるトリック以外に、作者自身が読者を騙すようなトリックを仕掛けてはならない。
重要度C
分かりやすく言うと、読者の思い込みや偏見を誘導するような叙述トリックの否定を意味しています。ただ、叙述トリックというジャンル自体が当時は一般的ではなく、単にヴァン・ダインが1926年に発表されたアガサ・クリスティの「アクロイド殺し」が嫌いなだけかもしれません。もちろん、このようなルールは現代においてはナンセンスです。
ストーリーを読み解く上で意味のないラブストーリー的要素を登場させてはならない。
重要度A
登場人物の人間関係をクリアにするためには夫婦関係・恋人同士・片思いの関係というのは非常に分かりやすいです。しかし、あくまで推理小説が本線であって、ラブストーリー的な話の展開や発展は不要という考えには全面的に賛成です。そして、ラブストーリー的要素もなるべくライトなものであってほしいです。具体的には、「AとBは実は同性愛者だった」とか「CとDは年齢が30歳離れているが実は夫婦だった」のような設定は勘弁してほしいです。
探偵自身、または探偵役に該当する人物が犯人に急変してはならない。これは読者を騙すアンフェアな手である。
重要度B
探偵が犯人という作品はまだに読んだことはありません。ただ、探偵が犯人となることが読者に対してはアンフェアというよりも話がつまらなくなるような気がします。面白い作品があったら読んでみたいです。
作中で起きる事件は論理的な推理・考察によって解決されなければならなず、偶然・暗号・または唐突なる犯人の自供によって真相が暴かれることがあってはならない。
重要度S
論理的な推理・考察によって事件が解決されなければならないのは当然です。しかし、論理的に飛躍が大きい推理を展開する名探偵が推理小説の世界では多すぎるので、このようなルールが守られていなくても特に驚きません。論理的に飛躍が大きい推理とは以下のような感じです。
「Aは虫歯である」そのことから「Aは甘いものが好きな可能性が高い」よって「Aはブラックコーヒーを飲まない」
このようなとんでもない推理が展開されることが名探偵の日常なのです。堅牢な論理に基づいた推理や考察の徹底は二十則のうち最も大事なルールです。
探偵小説には必ず探偵役が登場しなければならず、その探偵役または関連する人物によって謎解きが成されなければならない。
重要度C
探偵小説には必ず探偵が必要という訳ではありません。犯人の独白や犯人目線の話の展開だけで完結する作品もあります。読者が推理や予想ができれば別に探偵は必要ないのです。頭脳明晰な探偵が登場しないからこそ論理が丁寧で緻密な作品に仕上がるという側面もあります。
死体を登場させなければならない。殺人無き長編小説では読者は興味を示さないだろう。
重要度C
アンチ「日常の謎」ということになります。もちろん、作品として死体・殺人がなくても読者にとって興味深い疑問やテーマであれば必ずしも死体が登場する必要はありません。むしろ、死体や殺人にこだわるあまりに「この程度の動機で人を殺すか?罪を犯すか?」のような話は作品をつまらなくさせてしまうことが多いです。
占いや心霊術、読心術などで事件の真相が暴かれてはならない。
重要度A
占いや心霊術は推理小説にとって大事な論理的な推理・考察から最も遠い位置にあります。ですから、占いや心霊術が排除されなければならないのは当然です。
探偵役は一人が望ましい。複数居ては事件の考察が分散しやすくなり、読者の混乱を招くことになる。
重要度C
推理小説が面白くなるのであれば探偵が2人登場しても問題ありません。読者が混乱するのは複数の探偵の存在ではなく、論理的に崩壊した推理を展開する探偵の存在です。また、「A探偵の推理の矛盾をB探偵が指摘する」とか「A探偵の知っていることとB探偵の知っていることをまとめたら新しい事実が判明した」のような話の展開により、自然と論理的に無駄のない推理が展開されます。
犯人は物語の中で重要な立ち位置にある人物でなければならない。物語の終盤で初登場した人物が犯人となるのはアンフェアである。
重要度A
探偵の論理的な推理だけでなく、犯人の合理的な犯行動機も推理小説の必要な要素です。つまり、犯人の描写が極端に少なくてはいけません。ですから、犯人が重要な立ち位置にあり、序盤から登場しなければならないのは当然です。有名作品だと、ポーの「モルグ街の殺人」やエラリー・クイーンの「ローマ帽子の秘密」がこのルールから外れています。