ヴァンスの心理的アプローチによる犯人の特定が鮮やかに決まるーグリーン家殺人事件:ヴァン・ダインー

主人公のファイロ・ヴァンスの個性が出てきた

今回はS・S・ヴァン・ダイン (1888-1939)  の代表作の一つ、「グリーン家殺人事件」(1928)を紹介します。

以前に取り上げたヴァン・ダインのデビュー作「ベンスン殺人事件」では、非常に読みづらい訳・文章に徒労感を感じながらの読書になってしまいましたが、今回は多少読みやすくなっています。また、主人公のヴァンスの推理に関しても、前回は完全無欠な天才キャラでしたが、今回は困難に打ちひしがれる姿や感情的にふるまう描写も見られることで、キャラクターに幅や深みが出ているように感じました。

ただ、ヴァンスの発言の中に、音楽・芸術の知識がないと理解不能な箇所が多々あるという点は相変わらずで、その辺りは軽く読んでいく方がストレスが溜まらないと思われます。

作品の舞台、グリーン邸での殺人が止まらない

それでは作品のあらすじを紹介します。

作品の舞台は作品発表当時のニューヨーク。女主人のドバイアス・グリーンと娘3人息子2人と使用人が住むグリーン邸で殺人事件が起こる。この事件には、主人公で探偵のファイロ・ヴァンスと地方検事のマーカム、及び、刑事のヒースが解決にのぞんでいく。捜査を進めていく中で、事件以前から憎悪と猜疑心に満ちた、兄弟・親子の仲の悪さ、使用人とかかりつけの医師らとの複雑な人間関係が浮き彫りになる。しかし、殺人の連鎖は止まらず、グリーン家の人間がどんどんと減っていくのであった。

「本格派の推理小説とはこのようなものだよ」と教えてくれたような読後感でした。主人公のヴァンスが事件を多くの手がかりを整理、検証しながら犯人を導いていくのだけれど、今回に限っては登場人物が多く死に過ぎる為、犯人の特定そのものは意外ではあっても容易でした。

また、作者が98項目に事件をまとめた記述や、各章ごとに日時を併記している点は読者に対して非常に親切な計らいです。また、これらは作者にとっても、「推理が本当に矛盾がないか」を推敲するためにまとめたのではないかと推測します。そして、98項目の要点整理によりストーリーに不要な伏線が少なく「丁寧な作品の仕上がり感」が秀逸で、「古典的名作」の評判にふさわしい作品だと思います。

ただ、繰り返しになりますが文章は読みにくいです。

心理学的に分析した、犯罪の底にある若さと活力

下記に印象に残った箇所を引用します。事件の概要から犯人像を推測するヴァンスのセリフです。

「(中略)活力だ。この犯罪の底にあるものは、それだ。ーはかりしれない、ねばり強い、自信満々の活力なんだ。大胆と厚顔無恥とを混えた、この上のない残忍酷薄さ。ーずうずうしくて、飽くことを知らぬ利己心。ー自らの能力に対する、ゆるぎのない自信。これは老人の持っているものではない。この事件にはすみずみまでも若さがある。ー野心に燃え、冒険心に富んだ若さが。(中略)」

これがヴァンスの得意技、心理学的アプローチです。この様な感じでヴァンスは事件や犯人像を語るわけですが、今回の引用は文章としてはかなり解りやすいです。この程度の表現の回りくどさに嫌悪感を感じるならば、ヴァン・ダインの作品を読むのは苦痛を伴うと思います。

本当の探偵は調査対象者の心理を読みすぎない

ところで、実際の探偵の仕事においては、尾行ターゲットの心理を読むようなことはほとんどありません。自分の思い込みを捨てて調査に臨むことは、心理を予想すること以上に大事だからです。

けれど、「何となく今日は浮気相手と会うだろうな」とか「今日は何もしないで家に帰るだろうな」ということが分かる瞬間があります。鏡や窓ガラスの反射で身だしなみを確認する様子や、歩くスピード、携帯電話を頻繁に確認する仕草などがその瞬間に相当します。

浮気調査そのものは、実際にやってみなければ成功するか、失敗するかは分かりません。けれど、調査を実際にやってみると、調査が終わる前でも成功するか、失敗するか分かるときがあるのです。

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