探偵事務所に就職していた江戸川乱歩
こんにちは。管理人のエスポワール です。今回は江戸川乱歩の作品を紹介します。
江戸川乱歩は日本最古の探偵事務所とされる、「岩井三郎探偵事務所」に勤務した経歴があり、元探偵の推理小説作家です。ただ、探偵事務所に勤務していた頃のエピソードは残っておらず、 2年程度で探偵事務所を離職しています。
江戸川乱歩は明智小五郎シリーズや少年探偵団シリーズが有名ですが、今回はデビュー作である『二銭銅貨』を紹介します。探偵事務所に勤務した経験がある作者が、どの程度その経験を作品に反映させているのか気になりました。
友人の松村を手のひらで踊らせた「私」の物語
それでは作品のあらすじを紹介します。
舞台は作品が発表された当時の東京。
電機工場の給料日に新聞記者に変装した泥棒が社員に渡す予定の給料を工場から盗み出すことに成功します。その後、泥棒は逮捕されますが、盗んだ現金の行方に関しては黙秘します。工場の支配人は懸賞金を付けて盗まれた現金を取り戻そうとします。
経済的に貧しい状況にある作品の主人公の「私」と松村武はこの事件に関心を持ちます。ある日、「私」が机に置いた二銭銅貨に松村は興味を示し、その二銭銅貨の秘密に気付きます。その後、松村は一人で二銭銅貨の中に封じられた「南無阿弥陀仏」の暗号を解読し、泥棒が奪った給料を見つけ出します。給料を見つけ出した松村は「私」に対して暗号の解読に至るプロセスを披露し、「私」に対して自己の優秀さをアピールします。
しかし、「私」はそんな松村の姿を見て、笑いをこらえるのに必死でした。その理由は、細工を施した二銭銅貨も「南無阿弥陀仏」の暗号も、「私」が松村に対して仕掛けたいたずらで、松村が取り返してきたとされる現金もおもちゃの偽札だったのです。
このように、江戸川乱歩のデビュー作は暗号の解読という謎解きの要素が存在するものの、殺人事件やグロテスクな死体の描写などはなく、全体的に明るくライトなトーンで作品がまとめられていました。
探偵としての経験が反映された現実に対するアンチロマン
以下に作品中で最も印象に残った部分を引用します。「私」が松村に対してネタばらしをする場面です。
「君の想像力は実にすばらしい。よくそれだけの大仕事をやった。おれはきっと今までの数倍も君の頭を尊敬するようになるだろう。なるほど君のいうように、頭のよさでは敵わない。だが、君は、現実というものがそれほどロマンチックだと信じているのかい」
このように、登場人物の「私」は推理を披露する松村に対して「現実は物語と違って都合よくできていないよ」と言っています。これは実際の探偵の仕事現場においても当てはまります。物語の世界の探偵と現実の世界の探偵は別物です。つまり、現実の探偵の世界では推理も暗号解読も犯人探しも必要ないのです。だから、現実と物語の違いが分からない、区別がつかない人は探偵になれないし、探偵になれてもすぐにやめてしまいます。
尚、作者は探偵事務所に勤務したことがあると冒頭で紹介しましたが、実は探偵事務所の入社試験に臨むも不採用になったこともあるのです。その時、作者は「私は推理力があるので雇ってください」と発言するも、見事に不採用となったのです。そして、不採用になった理由はまさしくそこにあります。