面白い推理小説に「斬新なトリック」や「意外な犯人」の要素はいらない-刺青殺人事件:高木彬光-

旅行中、高木彬光生誕地の案内板を偶然見つける

こんにちは。管理人のエスポワールです。先日、青森県青森市を旅行中に、このような案内板を偶然見つけました。

この辺りが推理小説作家である高木彬光の生誕地のようです。具体的には、青森市周辺の青森県の地名の由来となっている、かつて「青森」と呼ばれる森があった場所の近くにあります。

このように、かつての「青森」周辺は現在ではコインパーキングになっています。という訳で、今回は高木彬光の1948年に発表された作者のデビュー作にして、名探偵、神津恭介の初登場作品である刺青殺人事件を紹介します。

骨相師の勧めで小説家の道へ

作者は骨相師に勧められたことがきっかけで小説家を目指したというのですが、これはなかなか信じられない情報です。骨相とは、頭蓋骨の形や大きさから性格や適性を見極めるもので、「手相」の頭蓋骨版です。

また、作者は占いの本も発表しているので、医学部中退という経歴に似合わず疑似科学にも造詣が深いのかもしれません。ただ、私は推理小説の世界においては疑似科学の登場は極力少なく、できれば全く登場しないことが望ましいと私は思っています。その理由は、「事件における幽霊の存在の関与」とか「血液型から性格を分析する」とか「神の啓示を受けただけで人を傷つける」ようなことを安易に受け入れてしまうと、作品の土台が不安定な感じがするのです。

ですから、私は「斬新なトリック」や「意外な犯人」といったものではなく、登場人物の合理的な行動の延長線上に事件や殺人が描かれているかどうかの文章力や構成力が光る作品が好きです。

作品の後半にようやく名探偵神津恭介が登場

それでは作品を紹介していきます。

終戦直後の東京が作品の舞台。主人公の医学部研究生の松下研三は刺青研究家の早川博士に誘われて刺青競艶会を見学する。その会で出会った背中に大蛇の刺青を持つ野村絹枝が最初の密室バラバラ殺人事件の被害者であり、そこで再開した中学の同級生の最上久の兄・竹蔵の愛人でもあった。その後、早川博士の他に殺人事件の容疑者の一人とされた竹蔵も死体で発見され、さらに、事件の核心に迫った絹枝の兄の常太郎は全身に掘った刺青を皮ごとはがされ殺されてしまう。そして、これらの殺人事件には絹枝と常太郎、双子の妹の珠江にそれぞれに彫られた刺青のデザインと密接な関係があった。物語の後半になりようやく研三の友人である神津恭介が登場し、犯人を明らかにしていく。

作品の感想は、バラバラ密室殺人事件のトリックは単純とか、シンプルという訳ではないのですが、いわゆる無駄のない仕掛けだったと思います。そして、犯人に意外性もなく好きなタイプの推理小説です。ただ、囲碁を打ったり将棋を指したりしながら相手の性格分析をする点は蛇足に感じます。また、読中に刺青の歴史、芸術性、アウトローな社会的な立ち位置などのうんちくは刺青に全く興味がなくてもすんなりと内容が入ってきます。特に、冒頭部分・1章の読者を引き込む文章の力強さはすばらしいです。

警戒する相手を尾行する恐怖を作者は描けなかった

下記に印象に残った部分を引用します。 警視庁の石川刑事が早川博士を尾行する場面です。

この野郎、いったいどこまでどうして行くつもりだと、早川博士の跡をつけていた石川刑事は途中で何度か歯ぎしりした。現場から最寄りの電車の駅と言えば、下北沢か東北沢のほかにないのに、そのどっちへも行こうとしない。
(中略)
ちくしょう!俺がこうして尾行していることを、ちゃあんと知ってやがるんだ。まこうと思ったってまかせるものか。

この場面は尾行がバレていると思った刑事が尾行対象者に対してストレス・怒りを表しています。ただ、実際の探偵の立場からするとこのような感情は違うなと感じます。

尾行されている人は探偵に尾行されていると気づいてストーカーされている恐怖を感じるかもしれませんが、尾行している探偵も警戒心の高い尾行対象者は追っている時は発覚してしまう恐怖が先立ち、怒りの感情は湧きません。私は発覚が多い探偵ですが、思い出したくない過去の嫌な思い出が蘇ってきた一節です。

また作品中に主人公の神津恭介が尾行や張り込みをするシーンはありませんでした。尚、神津恭介はだれが決めたのか分かりませんが、「日本三大探偵」の一人です。他の二人は金田一耕助と明智小五郎です。

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