最後の一文が読者に謎を残す
こんにちは。管理人のエスポワールです。今回は「生存者、一名:歌野晶午」を紹介します。
まず、本作品の大きな特徴は最後の一文です。最後の一文によって、読者が知りたい事件の真相が曖昧になります。現在までそれなりの量の推理小説を読み、そして、推理小説というジャンルの大きな枠組みを理解しようと思い、最近では苦手な外国作品や古典を読み始めましたが、このオチは唯一無二です。
具体的には、「衝撃のラスト」の類ではなく、「完全に型にはまった推理小説の流れを最後の一文で大きく外した」という感じです。
しかも、小説のボリュームが中編程度にコンパクトにまとまっており、全体的に無駄がありません。また、一般的には具体的な描写が必要だと感じる部分であっても、本作品的にはそれほど重要ではないと思われる箇所に関しては、作者があまり本気を出していない点も素晴らしいです。
無人島で生き残りをかけた5名のサバイバル
それでは以下にあらすじを紹介します。
主人公、大竹三春は新興宗教団体、真の道福音教会の信者である。三春は同じ教会の信者、宗像達也、森俊彦、永友仁美らと都内で爆弾テロ実行し、そのまま鹿児島県へと向かった。
爆弾テロ実行犯達はもはや日本でまともな生活は送れない。その為、教会は発展途上国への逃亡ルートを4名に用意し、その国外退避の準備が整うまで鹿児島県本*港からクルーザーで12時間走らせ、無人島である屍島に一時避難することを計画する。三春らは鹿児島県本*港で教会幹部の関口秀樹とそのカバン持ちの稲村裕次郎と合流し、合計6名は無事に屍島に上陸した。
屍島上陸初日、6名は爆弾テロ成功を祝した宴会を催した。三春らは食べ疲れ、騒ぎつかれて眠りについたが、深夜に目を覚ました時にクルーザーでSEXしている関口と永友の姿を目撃した。
翌日夕方、屍島に大雨が降り始める。教会幹部の関口は「雨除けのブルーシートを取りに行く」と言い、離れた場所に停泊させていたクルーザーに向かった。それが残り5名にとって関口の姿を見た最後だった。関口はクルーザーと共に島からいなくなっていた。
教会の指示で爆弾テロを実行した4名はもはや教会が国外避難の準備をする気がないこと、そして、爆弾テロそのものを「一部の過激な思想を持った信者の暴走」として教会との関与を否定することさえ計画していたことに気づく。
島に残された5名のサバイバルが始まった。
都心部でも星空はきれいに見える
続いて作品の中から最も印象に残った箇所を引用します。
主人公の三春が無人島で見た夜空の描写です。
この南の地方ではすでに梅雨が明けていて、台風一過がであることも手伝ってか、雲一つなかった。星の数も、輝きも、東京の夜空とはまったく違っていた。(中略)月も美しく輝いていた。満月にはやや物足りないので、十三夜の月といったところか。島全体に降ってくる柔らかな光は羽衣のようであった。
無人島から見る夜空の美しさが伝わってくる描写です。探偵は不貞の現場で張り込みをすることが仕事ですから、一般的な仕事と比較して「外で夜を明かす」ことが多いです。ですから、気分転換に夜空を眺めることも多く、そんな真夜中の張り込みを思い出させる描写が強く印象に残りました。
月は時間帯や季節によって色や形だけでなく、大きさも違って見えます。大きく見える月を天体用語で「スーパームーン」というのですが、そんな専門用語を知ったのも外で張り込みをしていた時でした。
星に関しては、確かに沖縄で見た星空は綺麗だった印象があります。しかし、東京の都心部でも星が見えないわけではなく、特に真冬のオリオン座は良く見えます。星の見え方に関しては地上の明るさよりも、上空の雲のかかり方、空気の乾燥具合にも大きな影響を受けるので、「都心部だから星が見えない」「田舎だから星が見える」というのは偏見や思い込みです。