推理小説創作禁止令を経て金田一耕助初登場
こんにちは。管理人のエスポワールです。今回の推理小説感想文は横溝正史の「本陣殺人事件」をとりあげます。この作品は日本を代表とする名探偵・金田一耕助が初めて作品に登場する、1946年発表の作品です。
ただ、作品のあらすじを紹介する前に、日本では戦時中に推理小説の創作が禁止されていたことに触れます。戦時下の日本では推理小説がアメリカやイギリスで生まれた文学であるとして、「敵国の文学」というレッテルを張られていたのです。
その為、1941年から1945年までは日本の推理小説禁止令が出され、日本の推理小説の歴史に空白期間が生まれたのです。しかし、この4年間は作者にとっては本格的な推理小説の構想を練る熟成期間のようなもので、終戦後、作者は推理小説を次々と作品を発表していきます。本作品は作者にとって推理小説禁止令解禁後の初めての作品です。
尚、本陣とは参勤交代の際に大名が宿泊する宿場町の中でも格式の高い宿のことです。
技巧的な仕掛けにストーリーがついていけない
それでは作品をみていきます。
戦前の岡山県の山奥にある名家、一柳家の屋敷が作品の舞台。
一柳家の長男、賢蔵は小作農出身の久保銀造の姪、久保克子と結婚する。屋敷にて結婚の儀式を終えた夜、二人の寝ていた屋敷の離れで琴の音とともに悲鳴が聞こえる。駆け付けてみるとそこには賢蔵と克子が血まみれになって死んでいた。離れには当時、二人以外に誰もいなく、離れの周囲に降り積もる雪に残された足跡のようなものはなく、凶器と思われる日本刀が庭に突き立っていた。
この様な状況から銀造は名探偵として評価している金田一耕助を呼び出し、事件の捜査を依頼する。捜査を進めるうえで怪しまれたのは現場に残された指紋から、事件の数日前から一柳家、及び周辺で目撃された3本指の男だった。一方、克子の友人が以前の交際相手が犯人ではないかと進言するも、その男と3本指の男は別人だと証言する。また、賢蔵の妹の愛猫の墓から手首から切り離された3本指の手が、さらに、家の近くの焼き釜からは3本指の男の死体が発見され、捜査はますます混乱していった。
結局、金田一耕助の推理により、克子は賢蔵による殺害で、賢蔵は自殺。水車の動力を利用して糸に結び付けた日本刀を部屋の外へ移動させ、密室殺人を装うことに成功したのだった。3本指の男に関しては事件には無関係で、手首から先の指紋だけは捜査のかく乱が目的で事件現場で利用されたいただけであった。
尚、賢蔵の克子の殺害動機は「克子が処女ではなかったから」、更に賢蔵の他殺に見せかけた自殺に関しては「自殺すると自分の敗北を認めたことになり、殺されたことを装う必要があったから」だった。
作品発表当時、「このような殺害動機に読者が納得するのは難しい」と突っ込みを入れたのは江戸川乱歩でした。確かに、本作品は技巧的な仕掛けの創作に情熱を感じるのですが、そのことがかえって作品の読みやすさや、読者に推理させる遊びの部分を複雑にしている感がするのです。
実際の探偵事務所では警察OBがいても、その人が調査の現場に出てくることは絶対にありません
以下に最も印象に残った部分を引用します。金田一耕助の捜査方法に関する記述です。
「足跡の捜索や、指紋の検出は、警察の方にやって貰います。自分はそれから得た結果を、論理的に分類総合していって、最後に推断を下すのです。これが私の探偵方法であります」
現実の世界では、探偵事務所が警察と協力して人探しなどをしてくれると勘違いする依頼者がいます。
しかし、警察と探偵が協働することは絶対にありません。警察OBが探偵事務所の顧問をしている写真を掲載している探偵事務所もありますが、あれは単なる「お飾り」です。私の勤務していた探偵事務所にも定年退職した警視庁OBがいましたが、調査の現場に出てきたことはありません。
よって、依頼者にとっては全く持って無意味な警察OBの存在をわざわざ紹介をしている探偵事務所を発見した場合、少し疑うことが大事だと考えます 。