今はなき初恋の人探し調査
こんにちは。管理人のエスポワールです。今回は山村美紗(1934-1996)の作品、『初恋の人を探して』を紹介します。
こちらの作品は探偵事務所の調査員、片山由美を主人公とする、短編作品集『十二秒の誤算』に納められた第四話になります。探偵事務所に勤務する主人公の由美の今回の仕事は初恋の人探しです。
私の場合、依頼人の初恋の人を探すという仕事の経験はないのですが、おそらく初恋の人を探す調査を安易に受けるような探偵事務所も今はないと思います。
作品の内容に触れる前にそのあたりの理由を説明したいと思います。
探していた人を見つけても、その人の家庭環境を混乱させてはいけない
初恋の人探しに関しては、私が勤務していた探偵事務所では、ずいぶん前に依頼そのものを断っていました。依頼を断る理由は2点あります。
1点目は依頼者が実は単なるストーカーであるケースが非常に多く、違法な調査になる為です。
2点目は人を見つける難しさだけでなく、その人を見つけても依頼人との面会が実現しない可能性が高い為です。つまり、探し出した本人の家庭環境を混乱させる恐れがある場合、探偵事務所の立場として面会を仲介するようなことはできないのです。
だから、このような依頼を受けた場合であっても、見つけ出した本人に、「○○様(依頼者)から依頼を受けた調査会社の者ですが、所在を報告してよろしいですか?」と、本人に確認を取らなければならないというのがルールということになっています。
結局、本人が所在を報告したり、面会することを嫌と言ってしまえばそれで終了なので、そのようなリスクを依頼者が納得する場合でしか契約が成立しない案件なのです。
したがって、まともな探偵事務所であれば即依頼を断るという案件が初恋の人探し調査なのです。
人探しに終始せず、殺人事件にまで発展してしまう本作品
それでは作品を紹介します。
依頼者の栗田いずみは、高校生の頃に一目ぼれした初恋の相手である大学病院の医師、宮本竜一を探してほしいと由美の勤務する探偵事務所に依頼をする。調査を開始した由美と同僚の田沢は、あっさりと宮本を探し出し、所在を報告する了解を得る。由美たちは宮本と栗田を引き合わせた後、栗田は長年の片思いを成就させ、宮本と交際に至る。やがて宮本が過去の女性関係を清算し、栗田と婚約の段取りを進めていこうとした時、宮本の遺体が自宅で発見されるのであった。
短編集の4作品目も展開の早すぎる毒殺による殺人が見事に決まります。人殺しができるような毒薬をどれだけ容易に一般人が入手できるのかを疑う大切さを本書から学ぶことができます。
3時間以上の張り込みならば圧倒的に立っているより車両の中にいる方が楽
印象に残った箇所を下記に引用します。由美の同僚の石上英子のセリフです。
「この時期の張り込みは辛いわ。外に立って三時間以上になると、足の感覚がなくなってくるの。車の中だと楽だけど、車は目立つのよねぇ」
このセリフは探偵事務所の調査員の実態がよく表現されている箇所です。
冬の時期に外で3時間立ち続けることがいかに大変かをさらっと言っています。もちろん、それが探偵の仕事の本質なので、探偵自身がそのような大変さをわざわざアピールしないのですが、そんな苦労を作者が触れている点に探偵の仕事に対する理解を感じます。
ただ、車両での張り込みが目立つかどうかはやや疑問です。車両で張り込みできない場所に関しては外で立つけれど、車両で張り込みができるのであれば、車両で張り込んだ方が目立たないというのが現場の常識です。