浮気調査を本業とする探偵を主人公にした作品は実はあまり多くない
こんにちは。管理人のエスポワールです。今回は日本のアガサ・クリスティとも称される山村美紗(1934-1996)の作品、十二秒の誤算(1993)を紹介します。
こちらの作品は不倫調査員の片山由美を主人公とする短編推理小説で、不倫調査員という、現実の探偵を主人公にした全四話の短編集の第一話です。作者はアガサ・クリスティー同様に300以上の作品を発表し、一部はドラマ化されました。
作者の作品を今まで全く読んだことがなくて強い思い入れもないのですが、本作品は探偵事務所の調査員が主人公だからという理由のみで今回取り上げました。推理小説といっても、その主人公が探偵事務所で浮気調査を本業とする調査員という作品は多くありません。
小説の中で浮気調査を本業とする調査員がどんな活躍をするのか、同じ探偵として興味深く読みました。
新人女性探偵が主役
それでは作品を紹介していきます。
作品の舞台は京都。主人公の片山由美は上司との不倫の末、大阪の会社を辞め、京都の探偵事務所に再就職する。探偵事務所で新人研修を終えた由美の最初の仕事が、妻(津山真弓)の浮気を疑う夫(津山信彦)からの不倫調査の依頼だった。先輩社員の石上英子とともに調査を開始し、真弓が浮気相手とされる藤田のマンションへ入るのを目撃。ところが、由美が一人で臨んだ次の調査では、真弓が藤田のマンションへ入ったことを確認できたものの、真弓がなかなかマンションから出てこない。そして後日、真弓と藤田が部屋で密室状態で毒死していたことが判明する。当日の張り込みをしていながら起きてしまったしまった惨劇に責任を感じた由美は同僚の田沢と共に事件の解明に臨んでいく。
作品を読んだ感想は主人公の新人調査員としての能力の不足と、調査に対するひたむきな姿がよく描かれていると感じました。このような主人公が新人調査員という設定に、自分も調査員としての初めての調査を思い出します。
一日中の尾行が比較的楽な仕事か?
下記に印象に残った箇所を引用します。
探偵事務所の所長が由美に初めての仕事を指示する場面。
「(中略)、とにかく、津山さんは、火曜日に、妻がどこに行くのか調査してほしいということやから、まず今日一日尾行してほしい。ラブホテルにでも入ることがあったら、証拠写真を撮るのを忘れんように。ま、比較的楽な仕事やから、調査の手はじめに丁度ええやろ。」
このように、探偵事務所の所長は丸一日尾行をすることを「比較的楽な仕事」と言ってますが、元探偵として難易度の判定は、「かなり難」といったところです。
理由は、初めて現場に入る調査で調査対象者の顔を調査員が認識できておらず、自宅から出てきたところを問題なく補足できるかどうかが少し不安であるという点。そして、自宅付近の張り込み環境が全く分からないという点。
調査対象者が写真でしか見たことがない人物なのか、それとも実際に見たことがある人物なのかで判別の際の集中力、正確性に大きな差があります。しかし、調査当日に必ず外出することが分かっている点は楽な材料と言えます。
因みに作品では、妻の真弓を無事に追うことは出来たものの、藤田のマンションへ入る所の撮影を由美が失敗しています。
探偵は感情移入せず調査・報告し、後は忘れる
次は先輩社員の石上が、不倫している夫婦が離婚に至るのかを心配している由美に対して言ったセリフ。
「そんなに感情移入しない方がいいわよ。私たちは、依頼されたことを調査して、正確に報告する。あとは、忘れた方がいいの」
これは全くその通りです。
探偵が依頼者の視点からの情報だけで夫婦間の問題に過剰に感情移入してはいけません。そして、薄っぺらい正義感を気取りながら、赤の他人の不貞行為を暴いて喜び、自己満足に浸るような探偵になってはいけないのです。
依頼者という困った人を助けると、探偵は何故か必要以上に良いことをしたと錯覚することが多いのですが、不貞行為の悪を裁くのは依頼者や法律の専門家であって、探偵ではないのです。探偵は依頼されたことを調査して正確に報告するまでが仕事で、探偵事務所の窓口担当や責任者のフォローもほどほどでよいと思います。
ただ、調査そのものを忘れることは難しいです。今でも調査現場に私用で立ち寄ってしまった時は調査のことを思い出してしまうし、調査対象者がデートや食事した場所で自分も利用することも少なくありません。