名探偵が語る犯罪と芸術作品の共通点-ベンスン殺人事件:ヴァン・ダインー

2000冊の推理小説を分類、研究して推理小説作家となったヴァン・ダイン

こんにちは。管理人のエスポワールです。今回の推理小説感想文はS・S・ヴァン・ダイン (1888-1939)   のデビュー作「ベンスン殺人事件」(1926)を紹介します。

ヴァン・ダインは療養生活中に読み込んだ2000冊の推理小説を分類、研究し、自分自身でも作品を発表するようになりました。病気療養の際に、本を読み込み、推理小説作家を志すきっかけとなったという点はイギリスのアガサ・クリスティと似ています。

デビュー作の本書は発表後すぐにアメリカでヒットし、エラリー・クイーンやカーとともにアメリカ黄金期とジャンル分けされることも多く、特にエラリー・クイーンの作品に大きな影響を与えたといわれています。

主人公の探偵、ファイロ・ヴァンスのとっつきにくさ

ヴァン・ダインの作品では名探偵ファイロ・ヴァンスが主人公です。
しかし、ヴァンスは知識のひけらかしと他人を馬鹿にした発言が多く、キャラクターとしての魅力や親しみやすさは全く感じられません。特に会話の中に詩人や哲学者、文学作品からの引用が多く、それらの背景を知らない読者はヴァンスの会話に十分についていけません。

また、ヴァンスのアプローチは物的証拠よりも心理分析に傾倒しています。そのため、論理的な話ではなく単なる屁理屈が並べられただけのように思えてしまい、肝心なところで知性が感じられません。

しかも、最後の詰めの部分ではヴァンスの嫌う物的証拠が決め手になっていたような感じの話の流れも非常にもどかしいのです。

もちろん、このようなキャラクターが当時なぜウケたのだろうと考えながら読む分には問題ないのですが、初見でこのノリはついていくのは難しいと思われます。

それでは作品のあらすじを紹介します。

作品の舞台は作品発表当時のニューヨーク。証券会社の経営者・アルヴィン・ベンスンが自宅で射殺された。事件現場に赴いた、存在感の皆無な語り手ヴァン・ダインと主人公のヴァンス、地方検事のマーカムが事件の解決に臨むのだが、事件現場に到着後、実は5分足らずでヴァンスはおよそ犯人を特定してしまう。その後、ヴァンスは犯人を確信しながらも周辺人物への聞き取り調査をしていきながら物語は進行する。しかし、肝心の周辺人物が皆十分な真実を話してくれない為、その理由を含めて事件が複雑化していく。

犯罪と芸術作品の共通点は人間の性質を直線的に表現している事

下記に印象に残った個所を引用します。芸術作品と犯罪の共通点を論じるヴァンスのセリフです。

「犯罪には、芸術作品と同じ基本的要素がすべてそろっているよ—―アプローチ、構想、技巧、創作力、表現方法、手法、構成。
それに、犯罪にも芸術作品と同じだけたっぷりと、流儀や様相、総合的な性質に多様性がある。
そう、綿密に計画された犯罪というのは、たとえば絵画と同じように、一人の人間を直線的に表しているんだ。そこにだよ、犯人を探り出す大きな可能性があるのは。
美学の専門家が絵を分析してそれを描いた画家を教えてくれるのと同じように、心理学の専門家が犯罪を分析してその犯人を教えてくれる――つまり、それがたまたま知っている人物だった場合はね――もしくは、まるで数学の計算のように正確に、犯人の性質や人柄を説明してくれるというわけだ。
…そして、ねぇマーカム、それが人間の有罪を決定するのに確実で納得のゆく唯一の方法なんだ。それ以外の方法はみな、単なる当て推量だよ。非科学的で不確実で――危険だ」

このように、 ヴァンスは心理学的なアプローチに絶対的な自信を持っているだけでなく、それ以外のアプローチを非科学的で不確実で危険であるとまで断言してしまうのです。

もちろん、そんな探偵は現実にいないのですが、この作品がヴァンスのような屁理屈探偵をカッコイイとするイメージを生み出し、後世の作家がその影響を受けているのならば、この本は少し罪深い本かもしれません。

タイトルとURLをコピーしました