殺人事件と浮気に共通するストイックな感情の暴走ー僧正殺人事件:ヴァン・ダインー

面白い作品を書くのは一作家6作品が限度

こんにちは。管理人のエスポワールです。今回はS・S・ヴァン・ダイン (1888-1939)  の「僧正殺人事件」(1929)を紹介します。

作者は生涯で長編推理小説を12作品しか発表していませんが、本作品は4番目の作品になります。また、作者は面白い推理小説を発表できるのは一作家6作品が限度だろうと発言しています。恐らく、一人の作家が発表できる推理小説のアイデアやテーマには限度があり、推理小説のトリックや構成なども新鮮味を失われて陳腐化していくという考えなのだろうと思います。

尚、以前紹介したベンスン殺人事件は作者のデビュー作であり、グリーン家殺人事件は3作品目に相当します。

童謡の歌詞と合致しながら殺人事件が起きていく見立て殺人

本作品は見立て殺人の古典的名作と評価されています。見立て殺人とは、あるものに見立てた殺人のことです。つまり、本作品でいうところの、童謡の歌詞と合致しながら殺人事件が起きていくような推理小説の構成のことです。このような構成により、殺人に使用された凶器や殺人のターゲットや犯行現場に先入観を与えていくことで登場人物に恐怖を与え、読者にも謎解きのヒントを提供してくれます。

もちろん、見立てる内容は童謡の歌詞に限りません。例えば、「殺人事件の現場に残っている絵画に殺人の凶器を連想するものが描かれている」とか、「事件の起きた地域では、容姿端麗な女性が干ばつの年に豊作祈願の為に生贄となる風習が残り、それが殺人事件のターゲットに一致する」のような推理小説の構成も見立て殺人の手法です。

それでは作品のあらすじを紹介します。

物理学者のディラード教授の姪であるベル・ディラードに思いを寄せる、弓術選手のJ・C・ロビンが心臓を矢で射抜かれて死亡する。直前まで一緒にいた恋敵でもあったスパーリングが姿を消すのだが、主人公のファイロ・ヴァンスは凶器となった弓矢がアーチェリーで使用するものではないことに気づく。その後、「僧正」という名前でロビンの死とマザーグースの童謡の歌詞との関連を連想させる手紙が届き、ヴァンスの周辺では次々と童謡の歌詞と合致した殺人事件が起きていく。

作品の感想は、登場人物の人間関係や個性の把握が不十分なまま殺人事件が起きてしまい、殺人の動機が弱い印象を受けました。また、犯人として真っ先に疑わなければならないスパーリングに対するヴァンスの聞き込みもあっさりしており、犯人特定までのアプローチが非合理的な印象を受けました。 見立て殺人という推理小説の構成が先走りしすぎて全体がまとまっていないように感じました。

その上、ファイロ・ヴァンス特有の学術的な知識をひけらかす振る舞いは健在で、物語と関係ないポイントが異様に詳しく描写されています。この作家はこのような作風なのだと事前に知らないとストレスのたまる読書になります。

真面目でストイックな人間は危険な感情の爆発を起こしやすい

以下に印象に残った個所を引用します。ファイロ・ヴァンスが特定の登場人物が犯人ではないと考えている根拠を説明している場面です。

「(中略)冷笑癖のある悪口屋は常に安全だ。突発的な有形の爆発が起こるような状態からはもっとも遠い場所に居るからね。ところが、真面目くさってストイックな仮面の下に、サディズムや冷笑を抑圧し蓄積している人間は、危険な爆発を起こしがちなものだ。」

このように、ファイロ・ヴァンスはサディズムや冷笑的な態度を十分に表現できる人間はストレスの正常なはけ口が与えられて、暴力的な行為を起こすようなことはないだろうと心理学的なアプローチで考えているのです。

確かに、キレる人間は普段はおとなしい人が多く、普段から不平不満を口に出す人ほどストレスが爆発しないというのは自分の身の回りでも思い当たる節があります。推理小説の中でも一見するとおとなしい人物が犯人で、いかにも暴力的な人物がかませ犬だったりするパターンは非常に多いと思いますが、このような構成も古くからあるのだなと感じます。

「このような人は浮気しやすい」といった原則は基本的には存在しない

探偵の調査現場でも、普段は真面目な仕事をしている人の感情の暴走を目の当たりにすることがあります。例えば、いわゆる教員や公務員といったお堅い仕事をしているような人でも浮気をするのです。ですから、真面目な人だから浮気はしないというのは間違いです。

探偵の仕事をしていると調査を通じて様々な人の私生活の一部を知ることになりますが、「このような人は浮気しやすい」といった原則は基本的には存在しません。男性でも女性でも、年齢が若くても年をとっても、経済的に豊かでも貧しくても、外見が格好良くてもそうでなくても浮気はするのです。

しかし、極めて高い確率で当てはまる原則があるとすれば「風俗通いに熱心な不真面目な男性は浮気をしない」ということです。浮気ができるほどその人に異性を引き付ける魅力がないわけではありません。浮気をするほどの活力や精力が風俗に行くことによって発散されてしまうのです。

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